カテゴリ: 大学の財務

11月26日に下記のニュースが流れ、Twitterでトレンド入りしていた。

23年に慶応大「歯学部」 東京歯科大と統合協議開始
https://news.yahoo.co.jp/pickup/6377659

慶応は歯学部を持てること、東京歯科大学は合併によるスケールメリットを生かせること、両者の思惑が一致したようだ。
ではそもそも、東京歯科大学は合併しなければいけないほど、財務がひっ迫していたのか。それをみていきたい。

過去5か年の事業活動収支が載っている。学生生徒等納付金は4,800百万円前後で、医療収入も20,000百万円前後で安定。育活動収支差額(本業による差額)も1,500百万円前後の黒字で安定している。
基本金組入前当年度収支差額(トータル収支)もばらつきはあるが1,000百万円~3,000百万円の間で黒字を出し続けている。収支は悪くない。令和元年度が収支黒字が少し落ちているが、これは医療経費や減価償却が増えたものが原因だ。

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※東京歯科大学HP「財務情報」より
 http://www.tdc.ac.jp/college/information/tabid/492/Default.aspx
 


では、大きな借金を抱えている、または全然貯蓄していないのか。貸借対照表を見てみよう。
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2020年3月末現在の貸借対照表において、21,821百万円もの特定資産を積み立てている。現預金は4,104百万円。悪くない。積立率も60%近く、平均並みだ。
借入も4,000百万円残っているが、資産の額から比べれば微々たるものだ。

この大学、良くも悪くも普通だ。なんの攻めもしてない守りの大学。有価証券も、みたところ購入していない様子だ。
このまま平々凡々と大学は続けられていただろうが、ここで合併を申し入れるのは、かなりの英断と言える。大学の役員はたいてい、お山の大将でいたいから最後の最後まで粘るのだ。教育学術的な観点から、決断したのであろう。
一部専門家が「歯学部や医学部の単体では生き残りが難しい」と語っていたが、それは全くのウソか客観的なデータもなく雰囲気でそう語っているだけだ。財務的には問題なくやっていける。第一、ここより財務的にヤバい歯科大学なんていっぱいある。
たいてい、身売りをするときは財務がボロボロな状態であるが、慶応としてはおいしい買い物といえる。これだけの特定資産と現預金、歯学部という教育資源を手に入れられるのだから。
ちなみに先日も紹介したが、慶応は有価証券で約10,000百万円もの評価損をたたき出している。東京歯科大学の財産も、こうやって慶応のハチャメチャ運用に組み込まれていくのだ。

まとめ

  • 財務は悪くなく、良くも悪くも普通。今後も永続的に経営していける
  • 慶応としては25000百万円もの現預金・特定資産と教育資源が入ってくるおいしい話
  • 財務がこの段階での身売りはかなりの英断



先日早稲田大学の資産運用での成功をお伝えしたが、慶応はそううまくはいっていないようだ。
2019年度決算において公表された計算書類に、2020年3月末の有価証券時価情報が記載されている。107,149百万円の運用額に対し、▲10,669百万円もの評価損を出している(約10%の評価損)。

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※慶應義塾HP「情報公開」より
 https://www.keio.ac.jp/ja/about/learn-more/data/#anchor02_03

 
鹿児島純心女子大学の時もそうであったが、コロナ禍の最悪期なので、今現在も売らずに保有していたら少しは回復しているだろう。
いくら損を出していたとしても、運用益で儲かれば大丈夫!ということで、過去5年の「受取利息・配当益収入」を見てみよう(カッコはその時の評価損)。

2015年:3,168百万円( ▲1,754百万円)
2016年:3,007百万円( ▲1,480百万円)
2017年:3,077百万円( ▲2,544百万円)
2018年:3,062百万円( ▲3,115百万円)
2019年:3,140百万円(▲10,669百万円)

う~ん微妙。というか、含み損がすごい勢いで増えすぎてて笑えない。一体、どんなゴミ商品を買わされているのか。この配当益と2019年度時点決算の含み損を相殺すると、プラス1778百万円(その間、色々売買していることを考慮しなければ)。
結果としてプラスに見えるが、これだけ評価損を出している商品をもつことは、良くないだろう。今後どのような経済情勢になるかわからないし、相場が好調な2015年度~2018年度も評価損って・・・。


慶応大学、実はリーマンショック時にもとてつもない損を抱えていた。

運用評価損有名私大に明暗 慶大はダントツの225億円
https://news.livedoor.com/article/detail/3959201/

2008年の記事だ。この年は駒沢大学の伝説の154億円デリバティブ損失事件など、学校法人の資産運用の拙さに多くのメディアが騒ぎ立てた。

記事ではこう報じている。

「例えば慶応大学が公表している07年度の決算書には、07年度末時点で有価証券等評価損が225億5500万円あることが明らかにされている。」

ちなみにもっというと、2008年度決算においてはその評価損は▲36560百万円を超えている。下記は当時公表されていた財務書類だ。


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この損について、当時の慶応義塾広報室はこう語っていたようだ。

「長期保有・満期保有を行うことで、元本の確保をはかっていきたい」

損切しなければ損じゃない、まさに優待投資家の桐谷広人氏のような発言だ。
この頃から、多額の含み損を抱えることに慣れていたのであろう。
ちなみに同時期の早稲田大学の含み損は、僅か▲550百万円であった。
慶応大学の学費や病院収入、寄付金はこういうところに吸い込まれていきます。

当時に比べれば今は3分の1ほどの含み損。まだまだ損しても平気平気!




やっぱり音楽大学。埼玉県川越市にある東邦音楽大学は1965年設置の音楽学部のみの私立大学だ。
この大学、2015年から5年連続で赤字が続いているわけだが、特定資産等がまだそこそこあったため、持ちこたえてきた。しかし2019年度決算において特定資産954百万円から541百万円まで急落。一体何があったのか。

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ずっと赤字だった同大学。それでも人件費をはじめとした各種経費を削ってなんとか赤字幅を抑制していた。しかし教育活動資金収支差額は前年度より77百万円悪化し▲276百万円に。その他活動による資金収支▲280百万円。たまらず特定資産を取り崩すことで、見かけ上の資金収支は一時的に改善した。

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同大学の事業報告書には「固定資産取得計画を中止し、関連する第2号基本金を取り崩し、併せて、今後の施設設備拡充に備え新たな特定資産を計上した。」とあるが、実質的には特定資産の激減・現金微増という結果だけ残った形だ。

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さて、このブログを見てくれている人ならわかると思うが、この大学も当然定員未充足大学だ。しかも学部定員充足率59%と、かなり気合の入った数値。全体の収容定員450名に対して、在学生数274名となっている。
収容定員を減らせばよいのだが、人件費は簡単には削れないので難しい問題だ。

「運用資産対教育活動資金収支差額比」という指標があるが、これは「教育活動資金収支(本業の収支)がマイナスの場合、それを何年賄える貯蓄があるか」というものだ。
同大学は2019年度決算において、▲276百万円もの教育活動資金収支赤字を出しているが、それを賄うための運用資金はおよそ7年分だけだ。一部不明な数値があるため推定値だが、良く見積もって、だ。
ちなみに、先般紹介したエリザベト音楽大学も同じく教育資金収支で赤字を出しているが、同比率で57年分用意している。しかもその貯蓄で運用し配当益を生み、良い流れを作っている。
また、同指標の全国平均は50年程度だが、個人的にはこれを10年切るとヤバイと感じている。それは、人件費などの固定費をゆるやかに落としていく期間を考えると、10年ないと間に合わないからだ。定員は半分しか満たせていない(一番大きな収入源である学納金が半分しかはいっていない)一方、大きな支出を占める人件費は定員を充足している状態分かかるから、負のスパイラルに陥る。


同大学は、日本私立大学協会の出版誌「教育学術新聞」の企画「大学は往く 新しい学園増を求めて」にこう寄稿している。

「大学のこれから。「18歳人口の減少で、音楽大学はクラシックだけでいいのか、という声も出ています。リベラル・アーツなどを取り入れた音楽総合のような専攻の開設も考えています。東邦音楽短大には、ピアノやギターなどの楽器をやりたいと入ってくる社会人もいます。ジャズや伝統音楽などを取り込むことも視野に入れています」」

そんな悠長なこと言っとる場合か!君らんとこはまず定員充足して財務改善、そこから教育を語る資格が出てくる。



鹿児島純心女子大学。鹿児島県の薩摩川内(さつませんだい)市、あの川内原発がある川内市だ。
収容定員716名に対して学生数564名、充足率8割未満の(このブログでは)ごくごく普通のヤバイ大学だ。




そんな大学が資産運用でやらかしている。

2019年度決算の情報を見てみると、2020年3月末時点で3156百万円の運用資金に対し、▲1029百万円もの損失を出している。損失といっても含み損であるから、売却していないのであれば、今は多少回復しているかもしれない。


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※鹿児島純心女子大学HP「情報の公開」より
 https://www.k-junshin.ac.jp/gakuen/about/index.html#jigyouzaimu



さて、この含み損はどのくらいの規模かというと、同大学の2019年度の学納金は1631百万円。学納金のおよそ6割にあたる含み損を叩き出している。

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また、学校法人会計では一つの目安として50%以上下落のあった、著しく低くなった有価証券は原則「有価証券評価差額」を計上していることとなっているが、同大学はどうか。 「有価証券評価差額」は「資産処分差額」の中に含まれている小科目であるから、この228百万円のうちに含まれているかは不明。

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いずれにせよ、それに関係なく同大学は事業活動収支上、教育活動収支差額(本業)で5年連続赤字、基本金組入前当年度収支差額は4年連続で赤字のヤバイ大学だ。投資なんてやってる場合ではない。
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同大学の創設者の言葉は学園標語となっている。

「マリアさま いやなことは私がよろこんで」

有価証券の損もよろこんで被ってどうする。


エリザベト音楽大学という大学をご存じだろうか。僕は知らない(なかった)。

1947年のエリザベト音楽教室を母体とし、1963年に大学設置がなされた。場所は広島県広島市中区で、近くには広島城や県庁、原爆ドームがあり、立地は良い。



だが、学生集めには苦戦している。2017年に学部収容定員充足率69.1%、2018年71.9%、2019年68.1%、2020年72.8%とずっと充足できずにいる。

そんな大学、絶対財務もヤバイじゃないですかというのが今までの流れであるが、ここは違う。まずは貸借対照表を見てみよう。
「運用資産対教育活動資金収支差額比」という指標がある。これは「教育活動資金収支(本業の収支)がマイナスの場合、それを何年賄える貯蓄があるか」というものだ。同大学は2019年度決算において、181百万円もの教育資金収支赤字を出しているが、それを賄うための運用資金はおよそ57年分ある。57年間同じ赤字に耐えうる貯蓄があるということだ(流動資産における有価証券の額がわからなかったため、少なく見積もっている)

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※エリザベト音楽大学HP「財務状況」より
 http://www.eum.ac.jp/about/information_disclosure/finance/


それもそのはず、この大学は10000百万円もの特定資産があるのだ。地方の大学、特に音楽の単科大学でこの特定資産の額はよくやっていると思う。
特定資産は将来の建物更新や退職金等支出を目的とした貯蓄だが、これをうまく運用しているかいないかで、大きな差が出る。
ただ特定資産を積み立てているだけではない。この特定資産を運用し、2019年度は490百万円もの受取利息・配当金収入を計上。同大学の学納金収入が414百万円だから、それを上回る額だ。全体の収入のおよそ17%であるから、大きな収入源だ。

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これにより、教育活動資金収支(本業)はマイナスが出ても、全体としては僅かながら黒字を出している。

2015年からの教育活動資金収支(+全体の資金収支)を見てみよう。

2015年▲199百万円(+225百万円)、
2016年▲119百万円(▲381百万円)、
2017年▲154百万円(▲55百万円)、
2018年▲216百万円(+38百万円)、
2019年▲181百万円(+11百万円)。

これらを見てわかるように、本業でのマイナスを本業外でうまくカバーしている。そして特定資産などの積み立ても大きく崩さず、わずかながら増やしている。当然無借金経営だ。
財務危機がないため、定員未充足でも極端な人件費カットや施設売却が伴わない状態だ(若干教員人件費がじわじわ下がっているようだが)。

広島という地方でありながら、学生集めに苦戦しながらも経営は安泰。少子化時代において大学の本業は儲からないということを見越し、しっかり積立を行い全体の収支を崩れないようにする。そして安易に収容定員減を行わず、教育の質も担保している。 これは、少子化時代における本来の定員割れ大学の在り方だが、これをできているところはほんとどない。少しは見習ってほしいものだ。

まとめ

  • 本業はずっと赤字であるが、本業外の資産運用等でカバー
  • 特定資産が潤沢にあるため、赤字だからといって財務に直ちに影響なし
  • 過去の財産をしっかり守り、無駄な施設等投資をせず堅実経営

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